竜の雲番外:彰吾編


〔竜の雲:未来の伊達主従:彰吾編〕



シンと静まり返った城内。その一室。身についた習慣というのは何処へいっても変わらず、彰吾は陽も明けきらぬ内に布団から起き出した。

隅に置かれた行灯に火を灯し、多少寝乱れた髪を整える。寝間着から落ち着いた色合いの着物に着替え、布団を畳んで押し入れの中に片付ける。

まだ多くの者が眠っている時間帯、彰吾は静かに自室としてあてがわれた部屋を出た。

城内を警備する兵と挨拶をかわし、起き出した女中と行き合う。

「おはようございます」

「おはよう」

ぺこっと会釈してきた女中に、彰吾も軽く会釈して応える。その後、井戸で汲んだ水で顔を洗い、すっきりしたところで背後から声をかけられた。

「今日も早いな彰吾」

「小十郎殿。おはようございます。今から畑ですか?」

「あぁ。朝の内に済ませておこうと思ってな。朝餉に使う野菜もいくつか採るつもりでいるが、お前も来るか?」

「所用を済ませてから行きます」

「そうか、分かった」

野良着姿の小十郎こそ朝が早いのではないかと彰吾は思うが、これが小十郎の習慣なのだろう。
特に気にせず、後から畑へ行くと告げて彰吾は一度自室へと戻った。






所用とは言ったが、これもまた彰吾の習慣の一つで。自室から覇龍をひと振り持ち出すと、その足で鍛練場へと向かった。

昼間は開け放たれ、兵の訓練で熱気がこもっている鍛練場も、今はまだひやりとした空気が包んでいる。

人っ子一人いない鍛練場の入口で彰吾は一礼し、草履を脱いで鍛練場に上がった。鞘から刀を抜き、鍛練場の中央まで足を進めると、静かに瞼を閉ざす。

深く息を吸い、ゆっくりと息を吐く。それを数度繰り返し、精神を統一する。

瞼を持ち上げ眼前を見据えると、右手に握った刀を振り上げた。
ヒュッと空気を切る鋭い音、きゅっと床板を踏む音、己の呼吸音だけがしばし鍛練場の空気を震わせた。

「………」

カチンと刀を鞘に納め、彰吾はふぅと細く息を吐き出す。

「…さて、そろそろ遊士様を起こさなくては」

白み始めた空に視線を投げ、鍛練場の側にある井戸に寄ってから彰吾は自室へ戻る。

刀を部屋に置き、身形を確認してから、主の部屋へと声をかけた。

「遊士様。起きていらっしゃいますか?」

「……おぅ。今起きた。Come in彰吾」

もそもそと部屋の中の気配が動き、眠たそうな声が入室を促す。

「失礼します」

膝をついたまま障子を開け室内へと入れば、遊士は布団の上で体を起こし、欠伸を噛み殺しているところだった。

「ah〜…はよ、彰吾」

「おはようございます。今日はどうしますか?」

「ん…、稽古はパス。今日は出掛ける気も起きねぇし着流しで良い」

箪笥から淡い水色の着流しと紺の帯を取り出す。一揃い揃えて手渡せば、Thanksと発音の良い声が返ってくる。

彰吾がいるにも構わず帯に手をかけた遊士に、もはや彰吾は小言を言う気にもなれず一言告げて静かに退出した。

その際、遊士の枕元に紐で綴じられた本が二冊置かれているのに気付いた。

きっと昨夜遅くまで本を読んでいて寝不足なのだろう。遊士の今日の予定はおおよそ検討がついた。

今日は外に出ず、本の続きを読むか、城の中でだらだら過ごすつもりなのだろう。

すたすたと廊下を歩きながら彰吾も自身の予定を立てる。

まず畑へ行って朝餉に使う野菜を収穫だな。

それから…

考え事をしながらも、彰吾の足は自然と畑へと向かっていた。

畑の管理を任せている農民と共に畑を耕している小十郎の姿を見つけ、畑へ踏みいる。

「小十郎殿!いくつか野菜を採りたいので見て貰えますか?」

「おぅ、来たか。今行くから少し待ってろ」

「はい」

一言、二言、側に居た農民と会話を交わし、小十郎は鍬を置いてやってくる。

「どれ、持ってくものは決まってるのか?」

「一応。今朝は茄子と胡瓜(キュウリ)、それから、さやいんげん、貰えますか?」

「茄子は…すぐそこだな。胡瓜は一つ向こうだ」

身を翻した小十郎について彰吾も畑の中を進んで行った。



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